マドモアゼルジジの感光生活

アリスのままで(原題『STILL ALICE』)

難病ものは苦手ですが、これは違いました。淡々と描かれていました。この映画には弱者に寄り添って生きていくというあたたかいまなざしが根幹にあると思いました。

家族の核をなしていたインテリ女性アリス(ジュリアン・ムーア)の知性が若年性アルツハイマー病(50歳)によって崩壊していくというたいへんなことが起きます。ジュリアン・ムーアはその恐怖、困惑、いらだち、怒り、絶望など複雑に入り交じった感情を身体のすべてで表現し、「映画では、動きは感情である(motion is emotion)」をまさに演じ切りました。
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 若年性アルツハイマー病からひととき解放されたかのようにアリスが歩く、最も美しいシーン。

メイン州の海辺かしら、アリスはそこに別荘を持っていて、ふだんはニューヨークのアパートメントで暮らしています。私は『恋愛適齢期』『ユー・ガット・メール』『モナリザ・スマイル』『ワンダー・ボーイズ』『ア・フュー・グッドメン』こういった映画に出てくるアメリカの家が好き。居心地よさそうで、ごく清潔で、こじんまりしていて、ヨーロッパから運ばれてきた古い家具さえ、新大陸の空気を吸い込んで力強く蘇生するような感じがします。

『アリスのままで』でも心憎いインテリア、暮らしぶりの演出がありました。大勢集まる食事の場面、料理を作る場面、流しで洗いものをする場面、洗面の、寝室の、すべてが何気ない日常を映すもので、家族のファッションもよく考えられていました。その演出が大事なのは、家=ホームは、アリスが作り上げてきた幸福な人生を象徴しているからです。彼女はコロンビア大学でキャリアを積み、夫は医学博士という設定。アレック・ボールドウィン、どうです、このおなか、この貫禄。
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ユダヤのパン、ハーラがパンプディング用にキッチンにおかれている場面がありました。フレンチトーストだけじゃなく、パンプディングにもハーラを使うんですね。写真では彼女の手の下にちょっとだけ見えていますが、もこもこした大きなハーラでした。アリスは長年得意としてきたパンプディングの作り方を忘れてしまいます。観客はこういう事実をすこしずつ突きつけられるごとに人生は、目には見えない、ささいな記憶の集合体であることを思い知らされます。
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アリスは家族の判断で家に残ります。記憶をなくし、廃人のようになっても、なおアリスはアリスのままで人生を生き続けていきます。それは、家族がアリスの尊厳を守ったということでもありました。何はともあれ、アリスの家族は問題を理性的に対処しようとした。アルツハイマー病患者を抱える家族は介護がたいへんです。しかし、同時に患者の家族それぞれの人生も守られなくてはなりません。ラストシーンは過酷ながら、きらきら光る希望です。だれしも、現実は映画のようにはいかない、もっときびしいものであることを知っているからこそ、その希望が輝くのだと思います。映画を観て以来、アリスの言葉「live in the moment」は切実なキーワードとなりました。

家族の物語であり、母と娘の物語であり、夫婦の物語でもあることから、シェイクスピアの『リア王』を彷彿させるとか、小津の『東京物語』のようであるとか、評されているようです。

映画が終わって、フロントでぐずぐずしていると、二十歳くらいの男の子が人目もはばからず泣きながら出てきました。封切り当日の最終回に彼は一人でこの映画を観にやってきた。アリスのようなだれかが、彼の家族にいるのだと思われて、私はまた泣きました。

P.S.今日(7/8)、美容室で読んだ雑誌に「ゲイの監督が作った女性が好む、女性のための映画」(だったかな)、というようなことが書かれていて、これは言い得て妙だと思いました。感心したのは、アレック・ボールドウィンがマックブックをソファで見ているシーン。ひざの上にきれいな刺繍入りのクッションを置いています。私はいつもソファでこの体勢になっているのに、クッションをおけばよいことに気がつかず、目を丸くしました。芸がホント細かい!
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評価★★★★★

by mllegigi | 2015-06-30 23:25 | 映画