マドモアゼルジジの感光生活

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MUCH LOVED

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この本『MUCH LOVED』で紹介されているのは、ボロボロだけれど現役で、こよなく愛されているぬいぐるみたちです。100歳以上の強者もいます。ニクソンさんに写してもらった誇らし気なポートレートに、名前、年齢、持ち主、だれにもらったのか、どんな惨事を乗り越えてきたか、短い文章ですが、胸を打つ歴史が添えられています。

たとえば、お嬢さんが夜になって犬(多分)のぬいぐるみを公園に忘れてきたことに気がつき、お父さんは公園に走りますが、すでに閉まっていて明日の朝7時まで開かないと言われる。お父さんは翌朝いちばんに公園に駆けつけ、懸命にその子を探します。蓋付きのゴミ箱をひとつひとつ見て回り、ついに、その中から、わんちゃんを見つけ出した。そのときが、お父さんにとって、お母さんと結婚したときよりも、子どもたちが誕生したときよりも、人生で最高にうれしかった瞬間だったと語ったそうです。

また、別のケース。家族といっしょに旅に連れて行ってもらった熊のぬいぐるみ。汽車の中で兄弟は熊を投げ合って遊んでいた。勢い余って、その子は停車中の駅のベンチへ飛んでいってしまった。折悪く、汽車は動き出した。そのときです。お母さんは、「その熊がいるのよ、その熊がいるのよ」と半狂乱で叫び、親切なひとが間一髪のところ、熊を汽車の窓へ投げ入れてくれた。お母さんはそのあと、半狂乱の女として、汽車のほかの乗客とむきあわなくちゃいけなかったんですけれどね。
というようなお話がたくさん載っています。

by mllegigi | 2016-03-07 17:02 |

『キャロル』とセクシャル・フルイディティ

パトリシア・ハイスミスは『太陽がいっぱい』などで知られる推理作家。当時(1951年)『キャロル』は女性同士の恋愛を描いた問題作とされ、パトリシア・ハイスミスの名前では出版されなかった。なぜなら、女性が女性に恋をする、そのことが犯罪同様の時代だったから。しかし、100万部売れたというから驚きだ。以後60数年を経て、いまや「SEXUAL FLUIDITY セクシャル・フルイディティ」という新語が流行中。好きになる相手の性別はそのときどきによって、流動的に変わるひとたちを指す。ジョニー・デップの娘、リリー・ローズが「セクシャル・フルイディティ」であることをカミングアウトしたことから急速に広まった。好きになるひとの性別にとらわれないという考え方=そのひとが男だから好き、女だから好き、というのではなく、そのひとはそのひとだから好き、には共感するひとも多いと思う。このたび小説は初めて翻訳され、映画は2/11からロードショー
関連リンク:1950年代ファッション 
       町山智浩 映画『キャロル』と原作者パトリシア・ハイスミスを語る
        キャロル 中条省平 5つ星
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ケイト・ブランシェットのインタビュー


by mllegigi | 2016-02-02 01:35 | 映画

ワンダ・ガアグ 若き日の痛みと輝き


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ワンダ・ガアグ(1893-1946)は『100まんびきのねこ』などで知られるとてもすてきな絵を描く画家です。ワンダは、後年、15歳から24歳までつけていた日記の原稿を自ら出版社に持ち込みました。出版にあたって、彼女と仲がよかった、作中ではアルマンド・エルマートという金髪の男の子、実際にはエドガー・ハーマン、のちに大学教授になった彼の実名を出すことは頑なに拒んだといいます。ふたりの関係をワンダは「信じられないくらい無邪気」と言っていたにもかかわらずです。1940年(ワンダ47歳)に本が出版されると、批評家たちは絶賛しました。では、エドガー・ハーマンはこの本を読んだのか、という下世話な好奇心が沸いてきます。知る由もありませんが、読んでいてほしい。これはワンダからエドガーへの最初で最後のラブレターだと思うから。彼女は、自分も友人たちも大人になった今は、何が書かれていても若いころの話だとして、客観的に出版準備をしたのだと言っていますが。。。原題は『GROWING PAINS』成長の痛み。挿し絵もたくさん入っています。

以下本文より一部抜粋
◎昨日の夕方、アルマンドが訪ねてきた。一分で上着と帽子を取ってこられるかと聞かれた。.........列車が出る前に駅に行こうと思ったら急がなければならない。私たちはYWを飛び出して、道を渡り、市電乗り場まで一ブロックを全力疾走した。アルマンドったら、駆け落ちしたと思われそうだね、ですって。
 市電を降りてから、駅まで二ブロックばかり走った。さぞおかしな光景だったことだろう。人々が立ち止まって、目を丸くして口笛を吹いたのも無理はない。私は帽子が飛ばされないようにぎゅっと頭に押し込んでいたし、ケープははためき、アルマンドの(かなり厚地の『多分新品の[格好のいい]』)上着は、後ろにたなびいていた。
 アルマンドはいった。「友だちに見られたら、『エムラートのやつ、とうとう結婚しあがったな』といわれるな」

◎一度、丘に座っていたとき、風が吹いて、アルマンドの帽子が飛ばされて私の頭に乗っかった。とても突然で、おかしかった。
*『ワンダ・ガアグ若き日の痛みと輝き』ワンダ・ガアグ著、安倍公子訳 こぐま社 カレン・ネルソン・ホイル、安倍公子の後書きを参照しました。
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by mllegigi | 2016-01-09 14:56 |

ローアン・オーク邸のゆうれいーフォークナーのゆうれい話

ハロウィンの夜に。
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ノーベル賞作家ウィリアム・フォークナーほどのおじさんではないにしても。小さいころ、お話じょうずのおじさんが親族にひとりくらいいたものだ。夏休みに訪ねて行くと、蚊帳をつった寝床の中で、子どもたちがひとり残らず寝つくまで、おもしろいお話を語って聞かせてくれる。あおむけになって見た天井のあかりは、蚊帳のこまかい編み目から金色の粉がふりかかってくるようだった。蚊取り線香の匂いもしていたかもしれない。

ディーン・フォークナー・ウエルズは、フォークナーの姪。ディーンさんのお父さんは、フォークナー四人兄弟のいちばん下の弟にあたる。私などはおじの話をすっかり忘れてしまったが、彼女はいとこたちといっしょに聞いた話をちゃんとおぼえていて、フォークナーのゆうれい話を再現した。ハロウィンにおあつらえ向きの「ジューディス」はじめ「おおかみ男」「猟犬」三編が収められている。とりわけ「ジューディス」では、その白い彼女の影さえ見えたのだという。子どもたちからおとうちゃんと呼ばれていたフォークナーは、
ジャック・オー・ランタンの灯だけがゆらめくローアン・オーク邸の静まり返った表のヴェランダで、お話を読んだあと、みんなにこう、たずねたそうだ。「ジューディスのところへ行ってみたい子はいないかね?」

ローアン・オークと名前がついたおじさんの屋敷は一族の子どもたちにとって、楽しい思い出の場所になっていたようだ。「思い出の世界では、すべてが美しく、不動不変で光り輝き、そのためにわたしたちの生活は豊かになり意義をもち、愛する次の世代もまた同じように生きる意義を与えられるのです。思い出という贈りものは、いわばひとの心につきまとう天の恵みのようなものでしょう」(この本にウィリー・モリスが寄せた序文より)
『ローアン・オーク邸のゆうれいフォークナーのゆうれい話』 ディーン・フォークナー・ウエルズ 原川恭一訳/松柏社

by mllegigi | 2015-10-06 09:47 |

日曜に読む朝食の本

朝食風景ばかりを最初にブログに上げたのは、Jennifer Causeyさんじゃないかと思う。数年前に購入した彼女の本を眺めると、毎朝、撮影角度も違うし、光も違うし、器も変わる。クッキー、スコーン、ケーキのようなもの、くだもの、ヨーグルト、卵が、きれいすぎないおおらかさで並ぶ。彼女はニューヨーカー(ブルックリナー)。きっとおいしいパン屋さんから調達しているにちがいない。食欲のない日でも、Jenniferさんの朝食なら、全部いただけるだろうなあと思ってみています。Jenniferさんの本はこれ↓。ほかに『Brooklyn Makers』『Southren Makers』などがあります。以下の本は『Simply Breakfast- the art of breakfast』『Simply Breakfast more please』と『Simple Paris』(2010)。
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栄養学的には合格とは言えない家の日曜日の朝食。今日はケーキ1個でお腹いっぱいでした。
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by mllegigi | 2015-10-04 14:41 |

Friday Night

私たちは夢をみる
夢をみるのはいいこと
目醒めていれば傷つくでしょうから—

エミリー・ディキンスン
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by mllegigi | 2010-09-10 15:52 |

上機嫌をふりかける。

人生で、人間の上機嫌はいちばんすてきなもので、
砂の中の金のようなものだと思っている。
(『お目にかかれて満足です』田辺聖子より)

ユリイカ7月号は田辺聖子さんの特集でした。
インタビュー記事には、
日常でつまづいたときの抜け道がたくさん示唆されています。
「とりあえず寝る」とか
「ちょっとの間、それは、脇へ置いておいて」とか
「そこもあるなー」と相手の言い分も認めてみたり。

先の「上機嫌」については、
落ち込んでいるひとには「上機嫌」をふりかけてあげよう。
やぶれた心を繕ってあげよう。
そういうことをするためにこそ人間の言葉はあると。
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by mllegigi | 2010-08-18 12:43 |

千年の祈り

「ちゅうごくで、『修百世可同船』といいます」
だれかと同じ船で川を渡るためには、三百年祈らなくてはならない。
<互いが会って話すにはー長い年月の深い祈りが必ずあったんです。
ここにわたしたちがたどり着くためです>彼は中国語で話す。
・・・
どんな関係にも理由がある。それがことわざの意味です。
愛する人と枕をともにするには、そうしたいと祈って三千年かかる。
父と娘なら、おそらく千年でしょう。人は偶然父と娘になるんじゃない。
それはたしかなことです。でも娘はこのことがわかっとらんのです。
さだめし、やっかい者と思ってるんでしょうな。
(『千年の祈り』イーユン・リー 篠森ゆりこ訳 新潮クレスト)より抜粋

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by mllegigi | 2010-06-08 14:50 |